ウオップパラダイス: 慶應大学構内のカフェで『ディスタンクシオン』を読む 2

2023年7月3日月曜日

慶應大学構内のカフェで『ディスタンクシオン』を読む 2

 


勤務先はパン工場。夜勤のライン仕事だった。
「不良品を弾いたり、蒸しパンの下にシートを
セッティングするという、ひたすら単調な仕事
です。夕方6時から翌朝5時までです」

2021年、走行中の小田急線車内で3人の乗客を
刺し、車内に油を撒いて放火しようとした37歳
の男は、抜け出せない貧しさから世の中の人を
妬み、嫉妬し、犯行を強行した。
その男の、苦しい生活についての証言の一つに
パン工場での経験がある。

パン工場のバイトは、僕もやったことがある。
ラインを流れてくる棒状のパンを、次のライン
への入り口に一定の間隔で1本ずつ投入してい
く。次のラインでは、そのパンにクリームや
惣菜を挟んだりトッピングしていく。
送りこむ間隔は、一定のリズムでないといけな
いという。こんなもんかな、と1本ずつ投入し
ていると、脇で見ていたライン担当かなにかの
女が、不満げに何か呟くと背後の棚から何かを
手に取り、投入口のそばに置いた。小さなその
器具は、甲高い笛のような音を、短い間隔で鳴
らしつづける。
この音に合わせてパンを入れろと女が言う。
僕の胸は、ぎゅるんと鳴って心臓が競り上がっ
てくるような気がした。その女の指示がすぐに
は飲み込めなかった。
なぜなら、その間隔はあまりにも短かったから。








0 件のコメント: