ウオップパラダイス

2025年1月10日金曜日

りりィ 私は泣いています

インディーズも極まれり。

スタッフ2名で音楽ドキュメンタリーを作りました。

2025年も各地で細々と上映されます。 


2016年に64歳で逝去したシンガーソングライター・女優のりりィを描いたドキュメンタリー。

「私は泣いています」などのヒット曲で知られ、「処刑遊戯」「リップヴァンウィンクルの花嫁」など女優としても活躍したりりィ。彼女が晩年に精力を注いでいた齋藤洋士との音楽ユニット「りりィ+洋士」のライブに感銘を受けた映画撮影監督・高間賢治が、2013年から独力でライブ公演の撮影を開始。22年に発売されたDVD「りりィに会いたい」にも収録されたそのライブ映像に加え、生前のりりィと交流のあった研ナオコ、豊川悦司、岩井俊二、りりィを発掘した音楽プロデューサーの寺本幸司、りりィの息子であるミュージシャン・JUONら関係者のインタビュー映像を交えながら、彼女の音楽性・人物像とその魅力に迫る。

さらに、愛するパートナーの死に絶望しながらも喪失感を乗り越えようと苦闘する齊藤洋士の姿も映し出す。

予告編

https://eiga.com/movie/101074/video/



2024年9月16日月曜日

横浜イングリッシュガーデン

 









シーズンではないらしく花の色も冴えな

い。亡くなった母は、なぜか花に詳しか

った。花の名前をさらっと口にするたび

に、ちょっとくやしい思いをしたものだ。

ベンチでひと休み。

目の前に芝生が広がっている。

慶應大学構内のカフェで『ディスタンクシオン』を読む 5


 

それは感覚を麻痺させ、人間を動物に

変える仕事だった。考える時間も、

何かをするエネルギーも残らなかった。

彼女は張りつけられている機械の部品

だった。機械に必要でない体の働きは、

すでに押しつぶされる運命にあった。

この残酷な重労働にも、たったひとつ

だけ救いがあった。──無感覚という

能力を付与してくれたことだ。彼女は

徐々に無気力状態のなかに沈み込んで

いった。黙りこくるようになった。

アプトン・シンクレア

『ジャングル』(1906年)

 

食堂。ようやくの休憩時間。

ゴムマスクを頭から剥ぎとり、長椅子に

へたり込む。前方にテレビ。その前のテ

ーブルには、おにぎりと菓子パン、惣菜

パンが積まれて小山になっている。おに

ぎりを二つ手にする。お茶を買ってぼそ

ぼそ食べる。自販機コーヒーを買って

パンに目をやるが、ついさっき自分の手

にまみれて出来上がったパンかと思うと

なんだか胸悪く、とても手がでない。

休憩中の従業員たちは、それぞれに離れ

て座り、黙ってテレビを見ていたり広げ

た弁当からおかずを口に運んでいる。

だれもが気だるくぼんやりしている。

窓からの陽光があかるくテーブルを照ら

している。工場の前を高速道路がはしり、

その向こうに住宅街が見える。ここは

3階か、4階か。味気ない風景だが、い

まあそこに飛びだしていけたらなぁと

子どもじみた思いに耽る。


二つ前の長椅子に、作業着姿の若いカッ

プルが背を見せて寄り添っている。女性

が、頭をほんの少しだけ男性の肩にかた

むけているのが、じぶんたちの幸せを

まわりに見せつけているようで、微笑ま

しいようなさみしいような気分になる。

はたして二人は幸せなんだろうか。この

先何年何十年、こんな日がつづく。二人

は、休みの日にはお出かけしてたのしい

ひと時を過ごす。おいしい食事にちょっ

としたお酒。そのあとはお休みの日の

最大のイベント、強烈にはげしいセック

ス。浅ましいほどに互いを貪りあう。汗

まみれの裸の二人は生々しい人間にもど

ったことを実感し、気分スッキリ。これ

で100200年の重労働にも耐えられる

のような、はち切れんばかりのエネルギ

ーに充たされる。

そして次の日からはまた機械の部品とな

る。日々が過ぎ、年が過ぎる。

それで充分じゃないか、と思う、他人の

人生なら。

自分はとてもじゃないが耐えられない。

 

どうすればそんな生活からぬけだせるの

か。そんな人生からディスタンクシオン、

卓越した人生に近づくことができるんだ

ろうか。

 

 

 

2024年9月9日月曜日

慶應大学構内のカフェで『ディスタンクシオン』を読む 4


終わった、やっと。
腰から背中にかけて固まったような
筋肉をほぐそうと、のびをしたり前か
がみをしたり、ぐねぐね腰を回したり
していた。野球でいう千本ノックを受
け終えたような、もうその場にヘナヘ
ナと崩れ落ちてしまいたいような気分
だった。
呆然と立ち尽くしているその間にも
長さ7、8メートルほどのコンベア台
をガチャガチャと移動させ、新たなラ
インが組み立てられていく。ラインの
両脇には具材や、クリームやソースと
いった材料が盛られたアルミの箱が
一定間隔で設置される。そしてその箱
にそって人員が配置される。
またすぐ始まるのか、と挫けそうな気
持ちを無理やり奮い立たせ、動き出し
たコンベアに流れてくる材料を待ちか
まえる。
今度は丸く開いたパン生地に焼きそば
のような具材をのせて閉じるといった
作業だった。いちど担当の社員のよう
な人が手本を見せて、「はい、やって」
と促される。作業はかんたんだ。とこ
ろがそのスピードがとてつもなく速い。
ちょ、ちょっと待って。せめて初めは
練習させるつもりの心遣いはないのか。
そんなものはない。パンは容赦なくマ
ッハのスピードで流れてくる。
何度か半分に折る作業が追いつかず、
パンの脇から具材が飛び出す。
「こんなかんたんなこともできないの
?」社員が脇から手を伸ばし、ほら、
ほら、とまた手本を示す。
屈辱。わかってるよ、スピードさえも
う少し緩めてもらえれば。せめて練習
の時間を与えてもらえれば、と胸の中
でつぶやく。
白っぽいパン生地と具材の茶色味を帯
びた色彩が、目の前を次々と流れてゆ
く。まあるい視界の外側からだんだん
と白っぽい輝きが広がってくる。世界
ぜんたいが眩しい輝きにつつまれる。
ああ、失神するのかな、と溺れそうな
胸苦しさの中でそう思った。




2023年7月3日月曜日

慶應大学構内のカフェで『ディスタンクシオン』を読む 3

 


そら、早く。女は急かすように言った。

驚きで、思わず手を止めていた僕は、

あわててパンを放りこむ。

こんなテンポでパンを投入し続ける?

拷問か?

理不尽な要求にも応えようとする自分

とそれに抗い、抵抗しようとする自分。

それがぶつかり合い、息が苦しくなる。

しかしその葛藤さえも抑え込み、パン

をつかんでは投入口に放りこみつづけ

た。その葛藤は正しく、考えるに値す

ることだとは思う。でも今は夢中でパ

ンを放りこむことに専念するしかない。

そうしないと作業が間に合わないのだ

から。かなり早いテンポで、ダメだ、

こんなテンポでつづけられるわけがな

い、と弱気と焦りが滲みだしてくる。

その感情さえも抑えこみ、僕はひたす

らパンを投入しつづけた。

あと何分、あと何時間、あと何日、あ

と何年…、

これは試練なのだ、人生は甘くない。

そのことを徹底的に教え込むための容

赦のない試練なのだ。

 

次次次次次次次次次次次次次次次次…

 

回転台の上のパンの群れが、すこし個

数が減ったことで、パンの隙間から床

が見えてきた。早いテンポの過酷さに

さえ慣れてくるという驚きの思いと、

すこしの余裕から僕は目を上げて、素

早く周りを見わたした。

そのとき目にした。こちらに向かうラ

イン上に次の棒パンの大集団が、ジリ

ッ、ジリッ、と押しよせてくる。


これは、…試練なんだ。人生は甘くな

い。人生は苦しい。そうなんだ。苦し

い。しかし、どうして? それはほんと

なのか。苦しいばかりじゃ、生きてて

もしょうがないじゃないか。

そんな葛藤より、しかし今は苦しいの

だ、棒パンを投入しつづけることは苦

しいのだ。それは間違えようのない真

実だ。

苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい、

あと何分、あと何時間、あと何日、あ

と何年…、

僕は、うっすら涙で滲んだ目をもどし、

棒パンを素早く手でつかむ。

 


慶應大学構内のカフェで『ディスタンクシオン』を読む 2

 


勤務先はパン工場。夜勤のライン仕事だった。
「不良品を弾いたり、蒸しパンの下にシートを
セッティングするという、ひたすら単調な仕事
です。夕方6時から翌朝5時までです」

2021年、走行中の小田急線車内で3人の乗客を
刺し、車内に油を撒いて放火しようとした37歳
の男は、抜け出せない貧しさから世の中の人を
妬み、嫉妬し、犯行を強行した。
その男の、苦しい生活についての証言の一つに
パン工場での経験がある。

パン工場のバイトは、僕もやったことがある。
ラインを流れてくる棒状のパンを、次のライン
への入り口に一定の間隔で1本ずつ投入してい
く。次のラインでは、そのパンにクリームや
惣菜を挟んだりトッピングしていく。
送りこむ間隔は、一定のリズムでないといけな
いという。こんなもんかな、と1本ずつ投入し
ていると、脇で見ていたライン担当かなにかの
女が、不満げに何か呟くと背後の棚から何かを
手に取り、投入口のそばに置いた。小さなその
器具は、甲高い笛のような音を、短い間隔で鳴
らしつづける。
この音に合わせてパンを入れろと女が言う。
僕の胸は、ぎゅるんと鳴って心臓が競り上がっ
てくるような気がした。その女の指示がすぐに
は飲み込めなかった。
なぜなら、その間隔はあまりにも短かったから。








2022年7月1日金曜日

慶應大学構内のカフェで『ディスタンクシオン』を読む 1


19歳、はたちのころ、頭が割れるかと思うくら

い悩みに悩んだ。

夏の夜の公園。ブランコに腰掛け、地面を見つめ

つづける。腕が熱い空気につつまれ、腕毛がしめ

りけをおびている。

みぎ前方に立っている友人の膝から下がみえてい

る。その後ろにもう一人いたはずだ。それぞれ

仕事をすませ、どこへ行くともなく佇んでいる。

女あさりも貧乏な若者には限界があるし、酒で

楽しいふりをする虚しさも、なんとなく感じて

いた。まだまだおもしろいことがたくさんできる

はずだとは思ってはいたが、なぜかその手応えの

ない毎日に飽きて嫌気もさしていた。

いまの仕事は金を貯めるため、社会体験を積むた

め、などというお決まりの方便を口実に就いた

仕事だ。このままここに埋もれるわけにはいかな

い。ところが、その仕事がすこしおもしろかった

りするのがよけい厄介だった。

先の生活への不安と相まって、踏ん切りがつかな

い。そんな意気地のなさが腹立たしい。

過干渉の母のこと、不良な弟たちのこと、若さを

鼻にかけたかけひき好きの女たちとのゴタゴタ。

あれやこれやの憤懣が渦巻いて、頭の中心部を

どろどろの溶岩が渦巻いているようだった。熱が

縦に走り痛みを感じた。

まわりの木立がゆらっと揺れた。

ボコッ、

頭が真ん中から割れ、朱色の大小のシャーベット

状のかたまりが吹き出した。

体が前に倒れ込み、割れた頭の中身が地面にぶち

まかれた。それは砕け散った西瓜の身だ。

西瓜汁の溜まりに頭部を沈めて、おれは思った。

おれの脳は西瓜だったのだ。西瓜の脳に、人生の

難問に向き合えというのが無理なはなしだ。

おれは頭をのろのろともち上げ、ふたりの友だち

を見上げて言った。

「おまえら、苦しくないのか」

ふたりはうす笑いを浮かべて、ただ見下ろしてい

た。


正統的文化に関わる趣味を自然の賜物と考える

カリスマ的イデオロギーに反して、科学的観察は

文化的欲求がじつは教育の産物であることを示し

ている。

まだ序文である。

シェイクスピア、サルトル、トーマス・マン、フ

ロイト、ユング、吉本隆明、大江健三郎…、

当時、 文化的教養とされていたこれらの作品、人

となりについて、いろんな経験、体験をかさねて

いくに伴い、しぜん身についていくことになるん

だろうな、そう思っていた。

ところがそうではない。

あらゆる文化的習慣行動、たとえば美術館に行く

こと、コンサートに通うこと、読書をすることな

ど、また、文学・絵画・音楽などの好みは、まず

教育水準、そして出身階層に密接に結びついてい

るのだ。

けっして、なんとなく身につくものではないだ、

とブルデューはおっしゃる。いや、彼のおこなっ

たアンケートの調査結果の分析がそう示してる。

だから、もろもろの趣味は、「階級」を示す特権

的指標として機能する傾向をもつ。

そして、ある対象を獲得する方式(マニエール)

は、獲得物を使用する方式のなかに生き続ける

ものである。

むずかしい言い方するなぁ。

つまり、それなりの作法と品格ある振る舞いを

そなえた人物でないと、それら教養高い趣味は

身につかないし、あちらからも寄って来ないと

いうことなんだな。

校庭の渡り廊下で、うんこ座りでパンツ見せて

る女子高生なぞには、高尚なるものは怖気を

ふるって近づきゃしないのだ。

人がなぜ、振る舞い方、礼儀作法というものに

対して強い関心があるのか、その理由がここに

ある。文化の様々な獲得様式(モード)──

幼いうちに獲得したか大きくなってから獲得し

たか、家庭で獲得したか学校で獲得したか、と

いったことで、これらはヒエラルキー化(階層

組織化)されている。それら特徴ある慣習行動

によって識別されるのだ。

どう識別されるのか。

distinction か、そうでないか。


お里が知れる、という言葉がある、あった。

いまはハラスメント用語になるのかもしれない。

昭和の時代にはよく聞いた言葉だ。

要するに、そういうことだ。

つまり、西瓜頭なやつらにとっては、すべてが

手遅れなのだ。